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「お別れ会」参列者の行列3駅分
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<7・4ドキュメント>
◆未明 前日からの徹夜組15人が、ディファ有明の敷地外で列をつくる。
◆9時 会場前の敷地に集まった一般参列者の人数が300人に膨れ上がる。
◆10時半 式の最終リハーサル開始。
◆11時 ノアの全選手が事務所に集合。
◆11時半 献花待ちの一般参列者の数が500人を超える。敷地内に並び切れず、列は外へ延びる。
◆11時45分 選手らが会場入り。
◆正午 一般参列者の行列が800人を超える。距離にして約150メートル。
◆12時半 日本移植支援協会から、三沢さんへ感謝状が贈られ、森嶋選手会長が代表で受け取る。
◆13時21分 会場では予定より9分繰り上げて関係者が参列したお別れ会が始まる。ベースボールマガジン池田哲雄社長、フリーアナウンサー徳光和夫氏、大相撲富士ケ根親方の順で弔辞が読まれる。
◆13時37分 追悼のテンカウントゴングが鳴らされる。三沢さんのテーマ曲「スパルタンX」が流れ、座席からすすり泣く声も。
◆13時39分 ノア百田副社長を先頭に、関係者の献花がスタート。
◆14時7分 一般参列者の献花が始まる。行列は約5000人に達し、1駅先のゆりかもめ市場前駅近くまで延びる。
◆15時50分 行列の長さがピークの約2・4キロ、約3駅分に延びる。
◆16時8分 参列者が1万人を突破。
◆18時9分 会場外での献花台の設営が始まる。
◆19時25分 会場内での献花の受け付けが終了。会場外に新たに献花台、遺影が設置される。
◆19時31分 ノア選手、社員の献花が始まる。
◆19時33分 百田副社長のあいさつで、お別れ会が終了。
◆20時 翌日のノア選手会興行の設営が始まる。献花式に間に合わなかったファン数人が、遅くまで外の献花台前で立ち尽くす。
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三沢さんに2万6000人、2・4キロ涙の列
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晴海埠頭付近までディファ有明を目指して大勢のファンが列をつくった
晴海埠頭付近までディファ有明を目指して大勢のファンが列をつくった
三沢さんに2万6000人が涙で別れを告げた。6月13日の試合中に急死したノア社長でプロレスラーの三沢光晴さん(享年46)の「お別れ会」が4日、ノアの本拠地、東京・江東区のディファ有明で行われた。当初は5000人前後の参列を見込んでいたが、徹夜組が出るなどファンが殺到。開始約2時間半後の午後4時前には、参列者の行列が2・4キロ離れた中央区晴海に達した。献花台となったリングはトップロープまで花に埋め尽くされ、改めて三沢さんのプロレスの枠を超えた存在の大きさを浮き彫りにした。
献花のために特設されたリングは、トップロープまで花で埋まった。「三沢、ありがとう」。大勢のファンが涙を流し、絶叫しながら花を投げ入れた。リング正面上のGHCヘビー級のベルトを巻いた等身大の三沢さんの遺影が、途絶えることのないファンの涙をじっと見つめていた。会場の外に特設された机には、酒や寄せ書の色紙があふれ返った。
突然の死から3週間がたった。しかし、ファンの三沢さんを悼む気持ちは、少しも薄れていなかった。当初、ノア側は5000人ほどの参列を見込んでいたが、27度を超える蒸し暑さの中、5倍を超える2万6000人もの参列者が駆けつけた。前日3日の午後4時半から会場前に徹夜組が並びはじめ、会が始まる5時間前の午前9時の時点で300人に膨れ上がった。
一般ファンの献花が始まった午後2時すぎの時点で、4列縦隊の参列者は5000人に達し、列は会場のある江東区有明から豊洲まで延びた。会場最寄り駅のゆりかもめ「有明テニスの森」駅では、お別れの会参列者に2駅離れた「新豊洲」駅で降りるようアナウンスされた。同3時50分には列は2・4キロまで延び、区の境界線もまたいで中央区晴海に達した。
ファンにとって三沢さんは、プロレスラーを超えた存在だった。お別れの会の参列者数がそれを物語っていた。一番乗りの西東京市の男性会社員(34)は「遺影にありがとうと伝えたかった」と話した。来賓のフリーアナウンサーの徳光和夫(68)も弔辞の中で「我が国にとっても掛け替えのないリーダーを失った。臓器移植への啓発活動、プロレスラーのセカンドキャリアの問題など、弱者に対する心配りがあった。総理大臣の座につけるようなスケールの大きさがあった」と、プロレスの枠を超えた故人の存在感の大きさを強調した。
2万6000人という数字は、低迷するプロレス界に大きな力を与えた。今年1月4日、新日本東京ドーム大会で三沢さんと対戦した中邑真輔は「ディファ有明の周りを埋め尽くすファンの方々を見るとやっぱり存在の大きさを感じる。プロレスの歴史、伝統を守りつつ、色を出していかないと。リングの上で思う存分生きざまを見せていかないと」と気合を入れ直した。
一般の献花は予定を1時間半以上を超えて午後7時33分で終了した。百田光雄実行委員長は「それだけ三沢社長の人気があった。追悼興行も考えないといけない」と話した。プロレスラーの佐々木健介は「この(ファンの)数を見てもらえば、どれだけ素晴らしい人だったか分かる。尊敬していたし、おとこ気がある人。自分もほれていました」。ファンからも、ライバルからも愛された故人を象徴する「告別式」で、三沢さんが航海に旅立った。
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お笑い芸人のイジリー岡田が4日、三沢光晴さんの「お別れ会」に参列。
「昨日、亡くなってから初めてクローゼットからコスチュームを出した。涙があふれてダメでした。自分の中で整理ができて、プロレスファンが許してくれないと、ものまねはできない」。
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